焼酎は、醸造酒である清酒とも違う黒麹および白麹を利用するという独自の発展をしてきました。
科学もまだまだ発達していない、感覚だけで酒を造る時代に職人たちの努力によって開発された薩摩の本格焼酎について、その七不思議シリーズとしてご紹介していきます。

その1 高温発酵

冷凍設備が発達した今日、四季醸造される大手蔵もあるが、清酒の造りは基本的に寒冷期を待って製造を開始する。もろみが腐らないように細心の注意を払って、低温発酵させなければ旨い清酒はできないのである。しかも、もろみの最高温度は15度で前後で、吟醸酒に至っては10度以下の温度経過とする。他の種類はどうか。ビールの発酵は低温長期、ウィスキーもろみは高温短期と、もろみを健全に発酵させるための、それぞれの発酵経過があるのである。

物が腐敗するのは温度が高いときに進行しやすいのであるが、焼酎もろみは高温(30度前後)経過で、しかも長期に発酵させても安全にもろみができる。理由は焼酎もろみ造り独特のもので世界に例のない方法なのである。

白(黒)麹に生成されるクエン酸がもろみを酸性にしてくれるのでもろみが腐らないのである。しかも高温酸性下で焼酎酵母が育ち、穀類もろみでアルコール分18度前後、いいもろみで14度前後にもなる。この白(黒)麹を利用する焼酎造りは世界に誇りうることである。

その2 独特な仕込み

鹿児島でなぜ旨い清酒造りができなかったのか。その理由は南九州の気候が温暖で清酒造りに適さなかったためだと理解できる。熊本の赤酒、鹿児島・宮崎の一部の地酒は、もろみが腐敗しないように仕込みの水を少なくした酒造りをしてきた。更に赤酒は酒を木灰(あく)で中和して、酒が腐らないようにしているし、地酒は木灰で酸味をおさえ、粕から造る焼酎を加え、アルコール分を高める酒造りをしていた。しかし、江戸時代に灘(兵庫県)を中心とする清酒造りは、南九州の地酒の品質とは、比較できないものに発展したのである。そのことは『西遊記』(天明期、橘 南谿の旅行記)に「薩摩の酒は飲みがたし」と書かれたり、上級武士は上酒(上方の清酒)を飲んだこと等によく表れている。

熊本は大正時代に清酒の品質改革を行い、熊本の酒を全国的に有名にする努力がなされた。しかし人吉・薩摩では酒の改革に対する努力はされなかった。これは多分に旨い焼酎があったからだとも考えられている。

蒸留器が伝来して、焼酎を造りはじめたころは、当時の酒もろみ(どぶろく)が蒸留されたと思われる。しかしその後、南九州の地酒造りは仕込みが三段に変化するが、焼酎もろみは清酒もろみの古法である一段・二段仕込みをそのまま継承して、清酒製造もろみ、焼酎製造もろみとはっきり区別されるようになっていった。明治末期黒麹の導入と同時期にいも焼酎もろみ製造に画期的な一次・二次仕込み方法が開発されるのである。一段仕込みはこれまでの麹と主原料を同時に仕込むドンブリ仕込みから、一段目に麹と水だけで仕込み、二段目は主原料だけとする方法へと改良された。一段目は強い酸性下のもろみで酵母を育て(酒の酒母造り)、二段目は主原料を発酵させるという理想的な仕込み配合を完成させたのである。この一次・二次仕込みの開発によって数多くの原料を利用することが可能になった。

鹿児島という一地方でこの技術を完成させたことは特筆されるべきことである。

出典
鹿児島県本格焼酎技術研究会『鹿児島の本格焼酎』(春苑堂出版、2000年)

2012年6月29日 金曜日 掲載

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